2009年11月7日土曜日

そんなつもりじゃなかった女

 だますつもりはなかったが、結局は約束が守れなかった。
 必ずだ、絶対だ、と固く誓ったのに、相手にはそれを押し付けて、自分だけはそうはいかなかった。
 結局は、自分だけが良ければいいという思いが、相手の服従を求めているに過ぎないということだったのか。そんな原因とは、ただ問題の解決が付かなかった、とうことだろう。

 問題の解決が付かないと、事態はどんどん悪化してしまいます。それで袋小路に入ってしまうと、どんどん視野が狭くなり、選択肢が少なくなる。最悪は、死ぬか、生きるか、となってしまう。

品川心中
 遊女にも紋日:物日というのがありまして、衣装だ、若い衆への祝儀だと金がかかったそうです。しかし、年が増すに連れ客も少なくなると、まとまった金も作れない。これじゃあ、情けない、ってんで、いっそ死んでしまおう――しかし一人で死ぬよりは、心中の方が、後で噂になっても甲斐がある。相手を探すと、馬鹿で独身の金蔵がいい、となりました。さっそく手紙で身の上についての相談があると呼び出す。
 起請:神仏への夫婦の誓いの証書を貰っている金蔵はすっ飛んできた。訳を聞いて金を作れない金蔵は心中することを承知する。
 次の日、身辺整理で家の物を売って死に衣装を買ってから、世話になった親分に挨拶をする。そして品川に戻ってきた。
 しかし、いざというとカミソリは痛い、首吊りはさまが悪い、と尻込みをする。
 女は金蔵を引っ張って裏庭に出て防波堤に立つ。夜の暗闇に波の音だけがする。そんなときに店では若い衆が気が付いて探し出す。と女は金蔵を先に突き落として、自分も飛び込もうとしたとき、若い衆が止めに入った。番町の旦那が金を工面したと知った女は、「お金ができりゃあ、死にたかないよ」。それで黙っていりゃあ、分からない、と店に引き返した。
 品川の海は遠浅で立てば腰までしかなかったのが幸いし、水を飲んで牡蠣で額を切ったぐらいのことだったが、一人でいるのに騙されたことに気付いた。それで親分のところに泣きつくと、金蔵を死んだことにして女を懲らしめてやろうということになる。

 心中をする理由は、たいがい金なんでしょうか。
 それでも心中を持ちかける方は、相手が承知してくれると思って言うんでしょう。
 承知する方もずいぶん大変なことを納得してしまうものです。まるで相手に服従しているようなものだ。それだから、裏切られても悔しい気持ちは自分一人では晴らせない。それも誰かの手助けが必要だ。

 自分が積極的に死にたかった――生きているつもりじゃなかった。
 しかし死ななければならない原因が解決できた――ならば、死にたくはない。
 心中相手は、ただ混乱した人間に巻き込まれただけだったようです。

 自分さえ良ければいいという女と、意気地のない男の取り合わせでは、無理心中未遂、というところが関の山のようです。

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